東京高等裁判所 平成元年(行ケ)126号 判決 1989年11月29日
原告 株式会社丸井今井
被告 株式会社マルイ
主文
一 特許庁が、同庁昭和五八年審判第一六五八二号事件について、平成元年三月三〇日にした審決を取り消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた判決
一 原告
主文同旨
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
被告は、別紙(1)に示す構成からなる商標(以下「本件商標」という。)について、商品の区分第一九類「陶製台所用品(電気機械器具、手動利器及び手動工具に属するものを除く)、陶製日用品(他の類に属するものを除く)」を指定商品とする商標登録第一三八一八八九号商標(昭和四九年二月二一日登録出願、昭和五四年六月二九日設定登録。)の商標権者であり、原告は、別紙(2)の上段に示す構成からなる、(1)商標登録第二六七九三八号商標(昭和九年九月一二日登録出願、昭和一〇年八月二九日設定登録。指定商品、旧第一四類「他類ニ属セサル陶器、磁器、七宝製品、土器、瓦及煉瓦ノ類」。以下「引用A商標」という。)、及び、(2)商標登録第二六七九三九号商標(昭和九年九月一二日登録出願、昭和一〇年八月二九日設定登録。指定商品、旧第一五類「玻璃竝他類ニ属セサル玻璃製品及琺瑯質品」。以下「引用B商標」という。)、別紙(2)の下段に示す構成からなる、(3)商標登録第四七〇六三三号商標(昭和二九年七月六日登録出願、昭和三〇年九月一五日設定登録。指定商品、旧第五九類「骨、角、歯牙及び甲殻の類、他類に属しないその製品及びその模造品、他類に属しないエボナイト製品及びガタペルチヤの硬質製品並びにセルロイド及び他類に属しないその製品」。以下「引用C商標」という。)の三件の商標(以下、これら三件の商標を一括していう場合は「引用各商標」という。)の登録を受けている者であるが、原告は、昭和五八年七月二九日、被告を被請求人として、本件商標登録を無効とすることについて審判を請求した。特許庁は、同請求を同年審判第一六五八二号事件として審理した上、平成元年三月三〇日、「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決をし、その謄本は、同年五月一五日に原告に送達された。
二 本件審決の理由の要点
1 本件商標の構成、指定商品、登録出願日、設定登録日は前記一項のとおりである。
2 審判請求人(原告)が、本件商標の登録無効の理由とし引用する引用A商標、引用B商標及び引用C商標の各構成、登録出願日、設定登録日も前記一項のとおりで、いずれも現に有効に存続しているものであり、かつ、指定商品については商標登録原簿に記載のとおりである。
3 審判請求人(原告)は、「登録第一三八一八八九号商標の登録を無効とする。審判費用は、被請求人の負担とする。」との審決を求めると申し立て、その理由を次のように述べ、証拠方法として審判事件甲第一号証ないし審判事件甲第四号証を提出した。
(一) 本件商標は、別紙(1)に示すような態様からみて、その構成中の中央部の「MARUI」の欧文字が独立して、いわゆる商標の要部となり得るものと認められるものであり、本件商標に接する需要者がその部分の特徴によつて自他商品の識別に当たることも多いものというべきである。
したがつて、本件商標からは、その文字に相応し、「マルイ」の称呼を生ずるものであることは明らかである。仮にそうでなくても、本件商標を全体としてみると、構成中下部の「CHINA」は指定商品の品質を表すものであり、上部の図形も黒丸の中に片仮名の「イ」を図案化して表したものと誰もが容易に認識し、中央部の「MARUI」との関連でこれが「マルイ」をもじつて図案化したものと直観するから、取引の経験側からみて、結局これが「マルイ」と称呼されるものとすることは否定できず、いずれにしろ、本件商標からは「マルイ」の称呼を生ずるものである。
(二) 他方、引用A商標、引用B商標及び引用C商標は、別紙(2)の上段及び下段に示す態様から明らかなように、「井」の文字を丸で囲んだ、いわゆる、のれん記号からなるか、あるいはこれを要部とするものであり、取引の経験則からみて、これが「マルイ」と称呼されるものであることは疑いのないところである。
(三) そこで、本件商標と各引用商標を比較すると、いずれも「マルイ」の称呼を生ずるものであるから、両者は、称呼上類似するものである。また、その指定商品も同一または類似するものであることが明らかである。
したがつて、本件商標は、商標法第四条第一項第一一号に該当するものである。
4 審判被請求人(被告)は「本件審判の請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。」との審決を求めると答弁し、次のようにその理由を述べている。
(一) まず、「MARUI」の欧文字が独立して商標の要部となりうるというためには、その前提として「MARUI」自体が自他商品識別の機能を発揮するための一般的な適格性、いわゆる特別顕著性を有することが必要である。けだし特別顕著性、つまり自他商品識別の機能を本来的に発揮しえない部分が「自他商品識別の機能を有する」とすることは論理的に矛盾するからである。そこで、欧文字の「MARUI」がそれ自体一般的に特別顕著性を有するか否かをみると、これは世上ありふれた氏である「丸井」ないしは商品の形状を示す「丸い」等から生ずる字音をそのまま欧文字で表したものと認められるから、原則として特別顕著性を有しないこと明らかである。
このように「MARUI」に本来的に特別顕著性がないのであるから、原則として、これが自他商品の識別機能を発揮するということは、その性質上ありえない。
(二) しかして、本件商標の要部は「MARUI」以外の上部図形部分に存在することになり、一般的にはこの図形部分が商品の出所を表示する要部として機能するものである。
上部の図形部分については、被請求人(被告)がそのシンボルマークとして採用したものであり、その構成には高度な単純化と抽象化がほどこされている。即ち、シンボルマークはアイキヤツチヤーとして視覚的効果を重視して表現したものが多いが、上部図形もこのような視覚的効果をねらつて、視覚的につよくアピールするように構成したもので、もとよりこれより一定の称呼を生ずることを予定しているものではない。
(三) 本件商標の図形はその構成からみても、また実際の取引通用の見地からみても、本来称呼になじまないものであり、したがつて審判請求人(原告)が本件商標中の図形より「マルイ」の称呼を生ずるとする主張は妥当性を欠くものであるといわざるを得ない。
5 そこで、本件商標と引用各商標との類否について判断するに、両者の構成はそれぞれ前記のとおりであるから、外観については判然と区別し得る差異を有するものである。
次に、称呼、観念についてみるに本件商標の構成は、前記のとおりであつて、図形と文字よりなるところ、まず「MARUI」の欧文字部分は、一般にありふれた氏姓の「丸井」(因みに、昭和五八年四月一日発行、「東京二三区五〇音別電話帳 個人名」に徴すれば、「丸井」の姓は一〇一件の記載がある。)に通ずるものであり、また、商標中に自己の氏姓を仮名書きしたり、あるいは欧文字で書したりして用いることは、通常行われていることは、しばしば目にするところであるから、本件商標中の「MARUI」の欧文字部分は、それのみでは自他商品の識別標識としての機能を有しないものと認められる。
さらに、「CHINA」の文字部分は、中国の外、陶磁器の意味を有し、陶磁器、陶磁製の商品について、商品の品質、原材料等を表すものとして、普通に用いられているところである。
しかして、需要者が本件商標中の「MARUI」及び「CHINA」の各文字部分を見るときは、「丸井」姓を有するものの取扱に係る陶磁器又は陶磁製の商品の意味合いを看取させるとするを相当とする。
してみれば、本件商標の自他商品の識別標識として機能するものは、本件商標中、上部に描かれた図形部分にあるものと認められる。
そして、該図形部分は、黒く塗りつぶした円図形内に白抜きで、円図形の頂点より右斜め上部より左斜め下部に延ばし、円図形に接するあたりで反転、遡行し、中心部付近で真下に向かつて直線を描いてなる線図形を描いたものであるから、審判請求人(原告)が主張の如く、仮に片仮名の「イ」をモチーフしたものであるとしても、かくの如く図形化したものであるからして、これよりは、直ちに特定の称呼、観念を生ずるものとは認められない。
してみれば、本件商標の図形部分よりは、何ら特定の称呼、観念を生じ得ない商標であり、他方、一般に「マル」と称呼される円輪郭内に漢字の「井」を書して「<井>」と表されたもの、又はそれを要部とするものであつて、その構成に相応して「マルイ」の称呼を生ずること明らかな引用各商標とは、これらの点について比較することができないものである。
6 したがつて、本件商標と引用各商標とは外観、称呼及び観念のいずれの点より判断するも類似しないものであるから、結局、本件商標は商標法第四条第一項第一一号に違反して登録されたものでなく、同法第四六条第一項の規定によりその登録を無効とすることができない。
三 本件審決を取り消すべき事由
本件審決は、本件商標と引用各商標との類否の判断において、本件商標は、文字、図形のそれぞれの部分をみても、また、全体的に観察しても、「マルイ」の称呼を生ずるものであるのに、この点を誤認看過した結果、ともに「マルイ」の称呼を生ずる本件商標と引用各商標とが称呼上類似しないと判断を誤つた違法があるから、取り消されなければならない。
即ち、
1 商標は、流通における商品の標識として機能するものであり、取引者、需要者は、読みやすい、覚えやすい部分を称呼し、記憶することによつて取引に当たる場合が多い。言い替えれば、商標の構成中の難解な部分よりも、何人にとつても、容易に、かつ、正確に理解し得る部分の特徴によるのが普通である。
これを、本件商標についてみると、本件商標の中央に、「MARUI」と大きな文字で表され、しかも、「MARUI」という文字は欧文字としてはありふれた、読みやすく記憶しやすい書体であることから、取引者、需要者は、まず、本願商標の中央に表された「MARUI」の文字に着目し、これが図形部分との関連で別異の称呼なり観念なりを生じさせるものとも思われないので、「MARUI」の文字の称呼「マルイ」によつて取引に当たるものと考えるのが自然である。
2 本件審決は、「丸井」がありふれた氏姓であり、本件商標中の「MARUI」の欧文字部分はこれに通ずるものであるから、「本件商標中の「MARUI」の欧文字部分は、それのみでは自他商品の識別標識としての機能を有しない」と認定し、したがつて、「MARUI」の欧文字部分からは格別の称呼、観念を生じないものと判断しているようである。
しかしながら、仮に「丸井」なる氏姓がありふれたものであるとしても、本件商標のような構成において、中央に顕著に表された「MARUI」の文字が取引において無視されるということは、およそ常識に反することであるし、「MARUI」の文字がありふれた氏姓であるかどうかということと、本件商標にあつて、その部どうかということとは全く別個の事柄である。
本件審決は、「需要者が本件商標中の「MARUI」及び「CHINA」の各文字部分を見るときは、「丸井」姓を有するものの取扱に係る陶磁器又は陶磁製の商品の意味合いを看取させる・・・してみれば、本件商標の自他商品の識別標識として機能するものは、本件商標中、上部に描かれた図形部分にあるものと認められる。」と認定判断している。
しかし、ここで、少なくとも、「丸井」姓を有するものの取扱に係る商品であることが認識できる「MARUI」と、指定商品の関連において、陶磁器又は陶磁製の商品を意味するものとみられるであろう「CHINA」の文字とが、いわゆる識別性において同列であるかのように結論することは誤りである。「丸井」姓を有するものの取扱に係る商品であることが認識できるのであれば、既に商標として(少なくとも、出所表示として)機能しているというのが道理であつて、「MARUI」が、仮にありふれた氏姓に通じるのであれば、その識別性が相対的に低いかどうかというだけのことであり、もとより「CHINA」の文字部分と同列に論ずる性質のものではない。
3 本件商標の構成中の上部の図形部分は、誰が見ても、円形の中に片仮名の「イ」の文字を表したものと看取できる構成のものであり、しかも、その直下に「マルイ」と称呼される「MARUI」の文字が大きく見え、さらには、株式会社マルイなる商号の被告が使用するという関係にあるものであるから、取引においては、本件商標の構成中の上部の図形部分は「マルイ」の称呼によつて把握、認識される場合があるとするのが自然である。
第三請求の原因の認否及び反論
一 請求の原因一、二は認め、同三は争う。本件審決の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由はない。
二 本件商標の中央に表された「MARUI」の欧文字は、本件商標の要部ではなく、そこからは識別性のある称呼は生じない。即ち、
1 本件商標を構成する「MARUI」の欧文字が要部となりうるためには、それが自他商品の識別標識として機能しうるという一般的適格性を有することが必要である。何故なら、要部とは商標における自他商品の識別機能を発揮する中心的部分であり、自他商品の識別機能が要部の本質をなすものだからである。
「MARUI」は、世上ありふれた氏姓若しくは名称の「丸井」又は商品等の形状を意味する「丸い」から生ずる字音をそのまま欧文字をもつて表したものに過ぎないものであり、商標法第一項第三号、同第四号の規定からも明らかなように、それのみでは自他商品の識別標識となりえないものである。
このように、「MARUI」が本来的に自他商品の識別標識としての一般的適格性を有しない以上、これをもつて自他商品の識別機能を果たすべき本件商標の要部とすることは、論理的な矛盾であり、背理であるといわざるをえない。
原告は、「MARUI」の文字がありふれた氏姓ということと、これが本件商標の要部を構成するということは、全く別個な事柄であるとするが、自他商品の識別機能が要部の本質をなす以上、両者は極めて緊密な関係に立つものである。要部が自他商品の識別機能に関係する概念である以上、要部の決定は単に表示の物理的な大小によりなされるべきものではなく、中央に顕著に表されたからといつて、そのこと故にこれを要部とすることはできない反面、比較的小さく表示しても要部となることもある。
以上要するに、要部は自他商品の識別標識として機能しうる一般的適格性を具備しなければならないところ、このような一般的適格性を具備しない「MARUI」あるいは「MARUI」「CHINA」の欧文字をもつて本件商標の要部であるとする原告の主張は、要部の本質論と表現形式の問題を混同するものである。
なお、原告は、欧文字部分の識別性の相対性をとりあげ、「MARUI」が、ありふれた氏姓に通じるのであれば、その識別性が相対的に低いかどうかというだけのことであり、「CHINA」の文字部分と同列に論ずるのは誤りであるとする。しかし、「MARUI」がありふれた氏姓等を表し、「CHINA」が品質等を表示するものである以上、商標法第三条第一項第四号、同第三号に規定するように、ともに識別性がないのであるから、識別性が無いというレベルにおいて両者は同一であり、その間に軽重の差はない。
2 次に、原告は、本件審決が「需要者が本件商標中の「MARUI」及び「CHINA」の各文字部分を見るときは、「丸井」姓を有するものの取扱に係る陶磁器又は陶磁製の商品の意味合いを看取させる」と認定判断している点をとらえ、「丸井」姓を有するものの取扱に係る商品であることが認識できるのであれば、既に商標として(少なくとも、出所表示として)機能しているというのが道理である旨主張する。
しかし、ここにいう「丸井」姓とは、たとえば、昭和五八年版「東京都二三区五〇音別電話帳 個人名」において一〇一件もの多数の登載例が認められる、「多数の丸井」姓を有するものの取扱にかかる商品という意味であり、いいかえれば、この「丸井」姓とは具体的に特定された「丸井何某」を指すのではなく、不特定多数の丸井姓を包括して指称するものである。個人の氏姓を取り上げても「丸井」は東京都内で一〇一件も存在し、日本全国ではどれだけの数になるか分からない程に多数存在する、ありふれた氏姓である一方、商標中に自己の氏姓を仮名書きしたり、あるいは欧文字で書したりして用いることは通常行われている実情に鑑みるとき、「MARUI」の欧文字からは、不特定多数の「丸井」姓を有するものの取扱いに係る商品であるとしか認識できないのは当然である。このような不特定多数の「丸井」姓により表示される商品の出所は(それが仮に出所を表示しえたとしても)極めて抽象的あるいは一般的なものにすぎず、到底一定の出所を表示したものとはいえない。
3 ありふれた氏姓等を表す「MARUI」は、それのみでは自他商品の識別標識となりえないとともに、このようなありふれた氏姓等は、本来、一私人の独占に適しない自由標章ともいうべき性質を有するから、この点からも本件商標と引用各商標との類似性は阻却されるというべきである。
即ち、氏姓等を表す「MARUI」の欧文字はそれのみでは自他商品の識別性がなく不登録とされる一方、暖簾記号「<井>」のように構成したが故に自他商品の識別性ありとして登録が認められた以上、形式的にみて、仮に暖簾記号「<井>」と「MARUI」の欧文字からの称呼(自他商品識別のため「マルイ」の称呼が生ずるものではないが)一致するとしても、このような形式的一致をもつて称呼類似とすることはできない。なぜならば、ありふれた氏姓等を表す「MARUI」の自由な使用が保障されるべき要請がある事情の下において、暖簾記号「<井>」とありふれた氏姓等の「MARUI」は異なる意義を有し別個のものとして認識されるとともに、このような性質のものとして登録されたが故に、その成立からするこのような一定の内在的制約を認めないわけにはゆかないからである。登録商標に対しこのような内在的制約を認めることは、本来保障されるべき自由標章の自由使用の確保に通ずるものであるとともに、これにより当該商標権の効力を不当に制限するものではないから、商品流通の秩序を維持しようとする商標法の精神(商標法第一条参照)にも十分かなうものである。
引用各商標についてその類似範囲を実質的に考察した場合、以上の観点に基づいてありふれた氏姓等を表す「MARUI」あるいはこれを含む「MARUI」「CHINA」は暖簾記号「<井>」を有する引用各商標の類似範囲に属さないというべきである。
4 原告主張の、本件商標の「MARUI」の欧文字が、中央部に大きな文字で表され、しかも、ありふれた、読みやすく記憶しやすい書体であるとの諸点が、「MARUI」の文字部分の外形上の特徴を挙げているのは事実であるとしても、要部を問題とする以上、このような外形上の特徴のみを指摘する形式論にとどまることは許されないはずであり、少なくとも自他商品の識別性に関連した実質的な判断が基本とされなければならない。識別性を最も強力に発揮し得る中心点が要部であり、要部が識別機能に関連した実質的な概念である以上、その実質面を捨象し、単にその形式のみに依拠する議論は無意味である。
したがつて、本件商標の形式的要素からなんらかの形で称呼を生ずることがあつても、一般的にみるかぎり、その「マルイ」、「マルイチヤイナ」の称呼が果たす機能は、あくまでも補充的なものでしかなく、せいぜいのところ識別性の主体となる要部(上部図形)を確認するための端緒あるいは手掛りたりうるにすぎない。
これは、ありふれた氏姓「丸井」等を認識させる「MARUI」の表示しうる出所が、不特定多数の「丸井」姓等にかかるものという抽象的なものでしかなく、到底一定の出所を表示しえないという実体の当然の反映にほかならず、それ故にその称呼についても自他商品を識別するに必要かつ十分な称呼、つまり識別上の称呼となりえないのである。
本件審決が、「本件商標中の「MARUI」の欧文字部分は、それのみでは自他商品の識別標識としての機能を有しないものと認められる」としているのは、たとえ何らかの形で「マルイ」の称呼を生じるような場合でも、その称呼のみでは一定の出所を表示しえないとの趣旨をも表しているとみることができる。
識別性のない構成要素を、中央に大きく、ありふれた書体で表したという構成は、必ずしも本件商標のみに特有なものではなく、他の商標にも少なからずみられるところであるから、その外形上の特徴から直ちにその構成要素を要部とすることは妥当でない。また、「MARUI」が読みやすく、記憶しやすいという特徴についても、一般に親しみやすい「丸井」姓等の属性をそのまま示しているにすぎず、それだけに「MARUI」に接するものはこれをありふれた「丸井」姓等と容易に認識しうるところとなり、実際上識別性を発揮しえない結果を招来する。
5 以上要するに、本件商標中の欧文字「MARUI」、「CHINA」は、自他商品の識別機能がなく、一定の出所を表示しえないからこれをもつて要部となしえないとともに、このような自他商品の識別性のない標章に対する自由保障の要請上の制約からしても、右欧文字部分をもつて本件商標の要部とすることには問題がある。
三 本件商標の要部は、外観構成に特徴のある上部図形である。
1 本件商標の構成は、黒一色の円図形内に一本の白抜き線を流れるような躍動感をもつてバランス良く配置した上部図形と「MARUI」、「CHINA」の欧文字との結合からなる。
また、引用各商標に包含される暖簾記号「<井>」は円輪郭内に漢字の井を肉太に表したものであり、その構成において両者に顕著な相違があるのは勿論のこと、これが看者に与える印象においても、前者が全体として伸びやかで躍動感と斬新な感じ、スマートな感じを与えるのに対し、後者は力強く重厚な感じと伝統的な雰囲気を有するものであり、その間の相違がはつきりと看取される。
そして、本件商標と引用各商標はともに視覚に対し強くアピールする性質を有するところ、本件商標中の上部図形と引用各商標中の暖簾記号「<井>」との構成上の特徴の差異により、あるいはこれが需要者に与える印象の際立つた相違により、両者はまつたく別異なものとして鮮明に認識される結果、このような商標に関する需要者の心理的反応及び精神的連想に基づくかぎり、本件商標と引用各商標は時と場所を異にして明瞭に区別され、商品の出所に関し誤認混同を生ずるということはない。
そのことは、本件商標の上部図形と引用各商標中の暖簾記号「<井>」の外観上の特徴が、出所表示に果たす役割、即ち、第一に、外観の特徴を含めた外観の印象の相違が顕著になるにしたがい、外観の出所の表示力が称呼のそれに比して相対的に大きくなること、第二に、暖簾記号が称呼になじみにくいことに起因して、暖簾記号の称呼の果たす出所表示力が外観のそれに比して相対的に低下すること、という観点からしても、いいうることである。
2 以上要するに、本件商標の欧文字部分はそれのみでは独立して自他商品の識別機能を有しない一方、外観構成に特徴のある上部図形が要部となり、また引用各商標も視覚面において強く印象づけられるとともに、暖簾記号の称呼上の指標力も相対的に弱くならざるをえないことを考慮すると、両商標は明瞭に区別できるものである。
四 上部図形からは特定の称呼、観念を生ずるものとは認められないとの本件審決の認定判断に誤りはない。
本件商標の構成中の上部図形は、黒く塗り潰した円図形内に、白抜きで円図形の頂点より右斜め上部より左斜め下部に延ばし、円図形に接するあたりで反転するとともに、前記左斜めの線部分と若干の間隙を保つとともにこれと平行して中心部付近まで遡行し、中心部付近から真下に向かつて直線を描いてなる一本の線図形からなるものである。
即ち、上端部の始点から下端部の終点まで白抜き(商標法第五条第三項但し書)の一本の線を流れるような躍動感をもつて連続させて形成した線図形が黒色円図形にバランス良く配置されており、全体として洗練されてスマートな感じを与える図形を構成している。
このような特徴のある一本の線からなる線図形は、片仮名文字「イ」の一般的な表現形態とまつたく相違するものであるから、片仮名文字「イ」の通常の表現範囲を脱却して文字通り図形に転化されているとみるべきである。
さらにいえば、上部図形の一部を構成する円図形は、黒一色に塗り潰した円図形であるから、たとえば、「黒丸」あるいは「黒玉」のように認識されることはあつたとしても、円輪郭の場合と相違し、これから「マル」という特定の称呼を生じるものではない。
このように、上部図形が黒一色の円図形と一本の白抜き線の連続からなり高度の単純化と抽象化の施された線図形を構成しているとみられる以上、これが一般的に円輪郭と単なる片仮名文字「イ」を表したものと認識されることはない。そして、このような抽象化あるいは単純化の施された図形は、本来特定の称呼の発生になじまないものであるから、上部図形の下方に配置された「MARUI」、「CHINA」の欧文字にかかわらず、また、被告会社の名称の如何にかかわらず、これからは特定の称呼は生じないとみるのが経験則に照らし至当であり、上部図形は、誰が見ても、円輪郭と片仮名文字「イ」を表し、「マルイ」の称呼を生ずるものである旨の原告の主張は理由がない。
五 以上のとおり、本件商標の要部をなす上部図形からは特定の称呼、観念は生じないから、本件商標と引用各商標とは、外観はもとより、称呼、観念のいずれにおいても類似するものでなく、この点に関する本件審決の認定判断には何らの誤りはない。
第四証拠関係<省略>
理由
一 請求の原因一及び二は当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決取消事由について検討する。
1 本件商標が別紙(1)記載の構成からなることは当事者間に争いがない。
即ち、本件商標は、上部の図形部分と、その下方、本件商標全体の中央部に横書きにされた「MARUI」の欧文字部分と、その下方、本件商標全体の下部に横書きにされた「CHINA」の欧文字部分が結合してなるものであることは明らかであるところ、その類否判断に当たつてそれらの図形部分及び各欧文字部分を一体としてのみ観察対比しなければならない特段の事情は認められないから、それらの図形部分及び各欧文字部分から、独立して個別に称呼、観念が生ずることもありうるものである。
ところで、商標は、流通における商品の標識として機能するものであるから、商標の類否の判断に際し、商標の称呼、観念を認定するに当たつては、その指定商品の一般取引者、需要者の認識を基準とすべきものであるところ、本件商標の指定商品が請求の原因一のとおり、商品の区分第一九類「陶製台所用品(電気機械器具、手動利器及び手動工具に属するものを除く)、陶製日用品(他の類に属するものを除く)」であることからすれば、その指定商品の一般取引者、需要者は専門的取引者のみならず広く一般世人であるものと認められる。
本件商標についてみると、「MARUI」の欧文字部分は、本件商標全体の中央部分に配置され、その全体は上部の図形や下部の「CHINA」の欧文字部分よりも大きくかつ明瞭に記載され、また「MARUI」という文字は一文字一文字も大きく、欧文字としてはありふれた、読みやすく記憶しやすい書体で表されており、しかも、外国語ではなく簡単なローマ字であることは、本件商標の構成自体から明らかであるところ、本件商標のこれらの構成の特徴からすれば、その他の部分特に上部図形部分の構成を考慮してもなお、本件商標の指定商品の一般取引者、需要者が本件商標を全体として観察したとき、本願商標の構成部分の内「MARUI」の文字に着目し、「MARUI」の文字部分から生ずる称呼である「マルイ」によつて取引に当たることも少なくないものと認められる。したがつて、本願商標は、その構成のうち「MARUI」の欧文字部分から「マルイ」の称呼を生ずるものと認められる。
2 被告は、本件商標の「MARUI」の欧文字は、本件商標の要部ではなく、そこからは識別力のある称呼は生じない旨主張する。
しかし、結合商標を構成する部分が、それのみでは、仮に、ありふれた氏又は名称を普通に用いられる方法で表示するものである、とか、あるいは、商品の形状等を普通に用いられる方法で表示するものである、として商標法第三条第一項第四号、同第三号の規定に該当し、商標登録拒絶事由、又は商標登録の無効事由となるような場合であつても、その商標の構成の如何によつて、当該部分を含む結合商標を、一般取引者、需要者が観察して、当該部分から生ずる称呼をもつて称呼し、取引に当たる可能性があるときには、その称呼をもつて他の商標の称呼と対比し、商標の類否を判断して差し支えないものというべきである。
本件の場合、前記1に認定判断したとおり、本件商標の指定商品の一般取引者、需要者が、本件商標を観察したとき、本件商標中の「MARUI」の欧文字部分に着目し、その称呼である「マルイ」によつて取引に当たることも少なくないと認められ、この認定を左右する証拠はないのであるから、この称呼を引用各商標から生ずる称呼と対比し、商標の類否を判断することが許されるものである。
3 被告は、本件商標の要部は、外観構成に特徴のある上部図形であり、上部図形からは特定の称呼、観念を生ずるものとは認められないと主張するが、結合商標においては、それを構成する複数の部分から、独立して個別に称呼、観念が生ずることもありうるところ、他の商標との類否判断に当たつて、それらの称呼、観念の内の一つを他の商標のそれと対比することができるものであり、本件商標の場合、本件商標の構成部分中の「MARUI」の欧文字部分から生ずる称呼である「マルイ」を引用各商標から生ずる称呼と対比し、商標の類否を判断することが許されるものであることは前記のとおりであり、それとは別に、上部図形の外観及び上部図形部分から生ずる称呼、観念があるとすればそれらと引用各商標のそれらとを対比すべきか否か、しかしてその対比の結果如何は、前記1の認定判断を左右するものではない。
4 以上のとおりであるから、本件商標は、その構成のうち「MARUI」の欧文字部分から「マルイ」の称呼を生ずるものであり、この称呼を引用各商標から生ずる称呼と対比し、本件商標と引用各商標の類否を判断すべきところ、本件審決は、引用各商標からは「マルイ」の称呼が生じることを認定しながら(事実欄第二請求の原因、二本件審決の理由の要点5参照)、本件商標から「マルイ」の称呼が生じることを誤認看過した結果、本願商標と引用各商標の右称呼の対比をしないままに本件商標と引用各商標は称呼の点でも類似しないと判断を誤つたものである。
三 よつて、本件審決に所論の違法があるとしてその取消を求める原告の本訴請求は正当であるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 秋吉稔弘 西田美昭 木下順太郎)
別紙
(1) 本件商標
(2) 引用各商標
登録第二六七九三八号商標 登録第四七〇六三三号商標
登録第二六七九三九号商標